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澱みなくはない

今日もながい一日でした どんなことがあったかというと

お昼ころ、ビラを配りたいという人が訪れ 最賃以下で働いたこと、労務局の扱いが差別的だったことなどの話を聞く

こういったときだいたいいつも労働局や他機関に相談に行き 弁護士に相談という選択肢が考えられるけれどなかなかうまくいかないという話が多い 泣き寝入りしなければいけないのか ということばがいつもついて回る

その後はメールを返信したり、1月谷川俊太郎さんをおよびして行うシンポジウムの案を練りなおしたり、助成金のことを考えたり

ふっと気づくと むすびのアサダさんが ガラスごしに 笑顔でたっていて 外国の人が持ってきたという不思議なフルーツをいただく みんなでおやつを食べて

山王こどもセンターのこどもたちがまち中スタンプラリーをしていて習字を書きに来てくれる

久しぶりにこどもたちが遊びにきてくれて とてもたのしくなる こどもたちにまじって60代代表のAさん、20代代表のわたしも半紙に自分の名前をしたためる Aさんはわたしの名前が書かれた半紙をうれしそうに持って帰っていきました

助成金の相談をかなよさんにして いろいろ考えたが 話しているうちに相談できる人(専門家)に来てもらって

こちらの普段の事例の相談をしたり まちの人の話しを聞いてもらったりということができたら と考えつく

事務局が手をとられずにできて(事務局人件費がでないんだから仕方ない…) 相互に経験値になるようなことをしていけたら

その後もFAXをしたり電話をしたり、メールを返したりあわただしく

カマメのおじさんたちは、ダンボールでいすをつくったりパソコンをしたり世間話をしたり

夜はスタッフあっこさんの誕生日を祝ってハッピーバースデーソングをうたうと思い

ココルームにいってみると もうすでにバースデーソングは歌い終わりろうそく消しも終わってケーキカットまで済んでいて

ああ…歌いたかった…と無念さにうちひしがれながら ごはんをもりもり食べ

その後はカマメでスカイプというソフトを使って衛星会議をしました 12月5日に東京の三田の家というところで

行われるアートミーツケア学会の分化会「澱みの思想」でどんなことをするかの作戦会議を埼玉浦和の猪瀬大学教諭の自宅とつないで行った

つないでみると、埼玉側からはなにやら、なべを囲んでみんなでビールをのんでいる映像が映し出されてくる

こちらもあっこさんのバースデーケーキで対抗するも カマメにいる禁酒中のおじさんたちは埼玉会場のビールを見てぶーぶー

分化会をどうするか、トーカーの上野の魚屋マシューさんと、芸術家コマドリ社のカリヤザキさんと猪瀬先生と考える

澱みってなんだろう…と考えてきた 流れに竿をさすとはどういうことか… スカイプ会議だけでも議論はおもしろく

具体的な見せ方としては、発表者みんなそれぞれユニフォームをまとい、作品を展示し、それぞれの現場の音を流し、ちゃぶ台を囲んで話をするというやりたい放題の企画に発展 さいごは会に一般参加する社会学者栗原彬さんにすべてをゆだねるという他力本願コーディネートで会議は終結

カマメにいたおじさんたちと「澱みってなんだろう…」と話ができたことがとても有意義でした

【澱み、淀み】大辞泉 国語辞典

水や空気などが流れずにたまっていること。また、その所。よど。「川の―」「空気の―」

底に沈んでたまること。どんより濁ること。

物事が順調に進まないこと。また、その箇所。「―なくしゃべる」「仕事が―なく運ぶ」

3番が一番しっくりきた

これだけ道と地続きにスペースを開け放っていたら 澱みなくものごとがいくはずがない

でもふつう 地域や社会と大きく接して自分をそこにさらしていたら 澱みなくいかない

道や社会に個人がもっとさらされていた昔

人はもっと 澱みなくいかないのがふつうだ という感覚をもっていたんじゃないかなあ とおもう

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