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みんながすこしづつ耳をかたむけあう みんなでモモになる

きょうはミヒャエル・エンデというドイツの作家さんの書いた本 『モモ』 を読む会 をしました

モモ モモ… とはなしには聞いていまして

ココルームの本棚にある存在感をはなった

きいろい表紙にふしぎな絵の描かれた本が気になってはいたのだけれど

そのあまりの分厚さに  ん… となってまったく手をつけられなかった一冊

 

モモ

岸井さんがかなよさんとモモをよみたい! と声をあげたことで、きょうついによむことに

みんなで本をまわして声をだして朗読

活字をよむのがにがてなわたしにはこの方法はとってもありがたくて

よみあげるいろんな人、ひとりひとりのこえがふかいところにはいっていく

文をよみあげるうちに、その文章にはなんだか聞いたことのあるような場所のはなしや

見たことのあるような光景が浮かび上がってくる

みんなで

「これ、ココルームのことじゃない!?エンデってココルームに来たことあるんじゃない?!」とか

「これ、きのうケンカしてた、だれかとだれかのことじゃない?!」

「こういうこと何度もあったなあ…」

とか、おはなしに出てくる場所や登場人物、できごとがそのままココルームやカマメでのことのよう

なんじゃこら… すてきなお話だな… とおもいながらよみすすみ

きょうはとりあえず、1章、2章までみんなでよんでみる ここまでですでにけっこうおなかいっぱいになるような大切なことばがつまっていた

「ここから、モモが資本主義とたたかう 大冒険物語になっていくんだよ」

というすでに本をよんでいるかなよさん、岸井さんから話があって え!?そうなんですかっ!?

となる

そして、とりあえず、ひととおりのあらすじをかなよさんがはなしてくれて

ほほー となる

 

モモ は 特別な能力はもっていない としきりに本にはかいてあったのだけれど

モモはどうかんがえたって特別だよ… とおもってしまい

特別な誰かがほとんどひとりで資本主義とたたかう なんて設定がはげしく腑におちなくて

みんなが本のおはなしをし合っているときにももんもん状態

だって ひとりで資本主義となんて たたかえないし特別な人なんていないとおもうし わたしはモモよ と自信をもって言える人もいないだろうし…

かなよさんが みんなで モモ になればいい

とぽつっと言っていたことばをおもいかえす

みんなで モモにってどうしたらいいんだろう?

どうやってなったらいい??? わからない! とおもったのですが

みんながちょっとづつ 人のことばに耳をかたむけるように努力をし合うことが

資本主義とたたかう というか いまのいきにくさよりもうちょっとみんながきやすいじかんをすごしたりいきたりするために

重要なんじゃないか ということだとおもった

それにおおいに苦戦し、もがき続けているのが わたしたちの活動であってわたしであってここにかかわるみんなであって…

ということに気がつく

 

きょう、モモ の会のあとにした めばさんのえんがわ相談会がまさにそういう会だったな とおもい返す

みんながみんなのことばに すこしづつ耳をかたむけあう時間 空気 場 そのここちよさにみんなが

「安心する」「ほっとする」「ここちいい」 とことばにだしていて

わたしも体があたたかくなるような ふしぎな感覚になるくらい 安心して ほっとして ここちよさのなかにいました

笑顔たえず 3

 

でも、モモ みたいに いつも万能な場も人も状況もないなあ ということで

それこそ現実はぜんっぜんスムーズにはいかなくてくるしくて

できることならやめたいな とか ほんとうににげたいな とか最近よくおもっていたのですが

きょうがっつりと現場でたくさんのひととはなしをしたり関わったり

えんがわ相談会で みんなしんどい状況のなかで それでも それをことばにして こわいけれどそういう自分をさらして

みんなとことばをかわしてゆく勇気とちから と それを受け止める雰囲気の きせき のようなものに

ほんとうに勇気づけられ

あきらめないでいたいな とおもいました

この場やみんなからもらった勇気がいつもいつもしんどいときに原動力になっていて ほんとうに生かされているなあ とかんじます

笑顔たえず 2 依存症のはなし 笑顔たえず その1

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