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社会の底辺、いわゆるスラム街である釜ヶ崎で生きている日雇い労働者と 原発の関係とは

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各地の原発の定期検査に狩り出され被曝要員として働かされている全国の寄せ場の日雇い労働者、ホームレスの人、働いてる本人には、放射能の人体への害は、ほとんど説明しないまま原子炉格納容器内の作業に就かせる。電力さんもさすがに、原爆と原発で浴びる放射能そのものは、同じだとは、今から働く労働者には言えない解ればすぐ、辞めて帰る労働者が続出して、仕事に支障きたすからだ。中での作業内容が公にならないように、労働者に説明はしない措置がとられてる解れば中での被曝への安全が出来てなく労働者への健康よりも仕事が優先されてる事実が暴露され国民から批判されるのを恐れた結果である。こうして原発神話は守られてきた。40年経ってもほとんど判らない、1979年発売の原発ジプシーの作者自らの体験の本は、読んでいるうちに、怒りで身体が震えたのは、俺だけではないはずだ、俺が釜の日雇い労働者でなくても、怒りは同じだ、
俺が憤慨してるのは、社会全体で差別される仕組みにしておいて、汚い、きつい、危険な仕事だけは、きっちり、日雇い労働者に押しつけて、今日の、日本の高度成長の裏方を担わせてきていた。俺たち、あんこがいなけりゃ、ビルも道路も地下鉄も、東京タワーも人が住むマンションだってできゃしなかった、工事が終われば、それっきりの、俺たち日雇い労働者の事を、社会は、勉強しなかったから日雇いをやってると見下し、ばかに今でもしてるこの差別が大きく職業差別を生み出している、この社会全体の、差別が人命軽視を当然と暗黙の了解で動いている。表の顔では、差別はけしからんと、息巻く。裏の顔、いわゆる本音では、日雇い労働者で役に立たなくなったら、早く死んでくれたほうがどんなにいいのにっ て思っている、この原発で働く日雇い労働者が30年以上、放射能を浴びなければ、仕事が出来ない所、一番に放り込まれ除染するため、雑巾掛けをさせられる、停止したばかりの原子炉格納容器内で放射線量は高い所だ。30分もいられない状況で、被曝との、闘いが仕事なのだ、こんな仕事して使い捨てにされ最後は、被曝がもとでがんになり、日雇い労
働者ゆえに誰にも、知られずに何人の仲間が、寂しく、自分の人生を恨めしく思い涙を流して死んでいったことか、社会全体の、差別が有る限り、これは無くならない、釜ヶ崎だと言うだけで白い目でみる社会、ハローワークにいっても、場所だけでアウトだ。その人の人間性なんかは社会は見ない。釜と言うスラム街に生きてるだけで、レッテルを貼る、何をするかわからんとか、学歴もないばかだと、初めから人間同士の絆とか社会の人間は求めてきてくれない。こんなばかな国が日本なんだ。人間が生きていく上で必要な職業に優劣はない。職業差別を社会はするな。職業だけで人を決めつけるな。学歴差別を社会はするな。日雇いも立派な職業だ。差別をするな。日雇い労働者の人格を認めろ。一定の人の死を前提にした原発は、今すぐやめろ。

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コメント(1)

差別は職業差別や学歴差別だけではないですね。


7月なめ憲報告 警察・検察・裁判所の弾圧を跳ね返す7・17集会 南さんら4名の初公判 7月12日号
http://hatarakibito.at.webry.info/201107/article_2.html

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