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日記 - おっちゃん通信の記事

● 寿町、石川駅南口、丘の上、イタリア館18番館を、一人探索、寿センターで、糸電話、予約




● 11.5日、寿労働センター広場にて、カマンTV寿灯祭に、向けて、ワンカップ集め、ビラ作り




寿労働センター広場での、イベント、ハプニングあり
酒を、呑んでの労働者の、参加、カマンTVで流れる昔の歌、俺と、同世代の

おっちゃん、一緒に、歌った、寿町の、おっちゃんと、遠慮無しの、熱い、気持ちで、語れた。

お互い年を取り、仕事もなく、行き場もなく、孤独を、癒すため、酒を、飲まざる得ない

心境が、痛い程判る。かっての
自分が、やってた事。

でも、酒を呑んで参加した、おっちゃん、また、やってくれ

と、あさださんに、感謝の、気持ちを、伝えてた。

参加してから、酒も、飲まず、居てくれたのが、
おれは、うれしかった

みんな、受けいれてくれる
場所が、仲間が欲しいのだ
そして、本音で、語れる友と、出会いたいのだ。

今の、自分は、出会いを、大切に、している、

今日も、若い女性から、メルアドを、教えてと、言われ、交換した。

寿町で、初めて出会い、

俺を、一人の、人間として
認めてくれたのが、無性にうれしかった。
釜の、日雇い労働者で生き若い女性には、臆病になり俺から、アドレスは、

聞かない事が、俺の女性にたいしての、エチケットで今まで生きて来た。

身分相応は、わきまえているつもりだ。

外見とか、肩書きで、人を判断する、今の社会、こんな
社会が、根底から、大嫌いな俺なのだ。
今日の、彼女のさりげない言葉に、

心が、ほっこり、癒された。
信じてくれた、喜び、

どんなものにも、変えられない、尊い事だ。
人と人の、絆は、付き合った長さではない

会った日からでも

生まれる、固い、人間関係の、絆もある

出会いに、ありがとう

写メは、寿労働センターにある、亡くなった日雇い労働者の、無縁仏を建立してる所、合掌。

看板がき。

寿公園、バザーの様子

● 今日、炊き出しの日、俺の寝てるドヤの前、寿公園だ、朝から、野菜とか段取りしてた




学生、社会人、女性が多かった
昼1時から配る、前に、ラジオ体操した、今日は、ダンスのパフォーマンス、女性、二人、寿保育園の子供も、体操した。女性のダンスが面白く、楽しかった。炊き出しの、場が和んだ

カレー雑炊を注いだり、漬物をもりつけた、違和感なく、仲間として、
普通に、渡した。

最後、並び食べた。同じ釜の飯を食ったという、気持ちが、何故か、心地よかった、

寿せいかつ館で、寿日労
の、近藤さんを、交えての、ディスカッション

後、ドヤガールの、絵を、見た、後、交流会で、中華店へ行く、
千葉の柘植さんと、原発事故の、問題で、熱く語る、出会えて、よかった、

気持ちがあった、仲間になれた気がした、

● 新、港村、赤レンガに行く。場の持つ意味、目にみえないスタッフの心労ディスカッション




俺は、言った、カマメ、ココルームの、場に、出会い、自分は、変われた。酒に頼らなくても

楽しく生きる、生きがいを見つけた、
原発事故が、俺に与えた衝撃は、大きい、
仲間の、被曝要員としての使い捨て、許せない

残された、人生、無くすまで、やる。
寿町のスタッフ、横田さんに
ココルーム、カマメの
展示会場に、案内してもらった、カマメの旗、テーブルに、掛けてあった、

釜が崎で暮らすの、書き初めが、貼ってあった、

展示される、誇りと、同時に、釜の日雇い労働者たる責任を、ひしひし、感じた。
今、寿町のドヤで、ブログを書いている
縁がわの時、久しぶりにまいちゃんの、お母さんに

1年以上、振りにあった、
懐かしかった、痩せたね

と、言われた。お母さんは元気そうでよかった。

関東に、来て、いろんな人に会い、元気を、もらったまりちゃんも来てくれた。大阪から、大淀さんも、来てくれた。仲間の、絆に

感謝

● 寿町労働センターに行く疲れたので、娯楽室で休んだ。野宿している労働者が、何人かいた。



釜に、比べて、窓が、昔から、大きい

ドヤ、俺が泊まる部屋3畳足らず、ドヤ銭は、釜より高い、現金仕事の賃金は、釜より高い、寿町公園で

労働者と話した。

ドヤも、教えてくれた所に泊まった

寿町で、活動している友川さんと初めて、会った、

事務所で、活動の様子を

パソコンで、説明してくれた。昼、俺は、さなぎ食堂で、カレーを食べた、

酒、煙草、禁止の、張り紙、気に入った。お客様も、結構来ていた、

安いのと、ボリュームがあった、スタッフは4、5人いた。、今、釜が崎では、こんな、タイプの、食堂がなくなった。いわゆる大衆食堂だ、ゆうこちゃんと石川町で、ばったりあった、
仙台、福島と行き、体調を崩したと言ってた、

南三陸での、イベントの、発言は、好感が持たれたと
喜んでいた。

報われることは、難しいけど、続けるることに、意味がある。原発の、問題も同じだからだ、
やろう、自分が信じた、道を、あきらめないで、

自分にとって、悲しかった事、のぼるさんは、絶対、また酒を、飲むから、と言った人がいた事を聞いた、
全く、信じてないの一言

その人は、俺との、会話では、すべて、のぼるさんは、信じていると言ってくれてた、

俺の、励みにも、なってた
信じて無くても、そのまま、嘘でもいいから

続けて欲しかった。俺が

悲しかったのは、第3者に
言った事。

第3者に、言うので、あれば、俺に、面と向かって、
のぼるさんは、信用できない、絶対また飲むんだからと、言ってほしかった。

別に、どう思われてもいい
信じてくれなくてもいい

自分で決めたこと。揺るぎない。言った人が、信じてた人だったので、悲しかった。

信じてくれてない事、

釜の日雇い労働者、おまけに、中卒、仕方ない事、

使い分けた、人は、大学卒
初めから、信じてくれてなかったのが、判りよかった。俺の、今までの、考えが、
正しかったことが、証明出来た。

言った人にありがとう、

社会の、裏表、教えてくれて
俺は、そんな、人間だけには、絶対ならないし

負けない。俺を、信じてくれる人が、まだ、いると、信じてるから。

言った人に、一度、確認しようと、したけど

もう、よそうと思う、

俺が信じた人、俺が、見る目がなかったのは、
俺のせいだから、

いい経験をした

● 横浜に着いた。山下公園、マリンタワー



● 今日、夜行バスで、寿町のまちなか展示とお泊まりフォーラムに行く35年振りになる




寿町も、釜と、同様変わったと、聞いた。1975年の今頃だった

俺が24才の頃、自分の将来が不安で、でも、自分を
確かめたくて、試したくて
釜を、離れ、列車に、一人に、飛び乗った、
知らぬ土地で、自分を変えたかった、

石川町の、改札口を、一目散に走ってすり抜けた。

当時、寿町の方が、釜より日当がよかった、

ドヤも、高かった、でも、釜よりは、広かった、

立ち呑みで、一杯飲んで、
ドヤを、とった。

朝の、現金仕事に、備え

せんべい布団に、くるまった

こんな、状況にいる、自分が、情けなかった。
朝、手配師から、船の荷受けの、仕事を紹介された

寿町は、港湾の仕事が、多かった、
仕事の後で、嫌な目に、遭うことに、なったんだけど
懐かしい、いってくる

よく行く、丘の公園に、チャリで行く

グランドでは、小学生が

サッカーの練習
たそがれが、迫る空、

明日の寿町での、新たな

出会いに、思いを馳せる。
いきものがかりの、エールの、歌詞はいい、
熱くなれるから

● 昨日の、釜が崎ダンサーズ



インドネシアダンサーとたんぽぽの会の人のコラボレーション、個個の表現が楽しかった、お互いに、身体は、ひとつだよ、
やりたいことが、できるために、いたわろう、空が、元気をくれる、ありがとうの気持ち

● 10月29日東京、横浜夜行バスにて、霞ヶ関、デモ座り込み、まりちゃん宅イベント感動




横浜に、行く予定だったので、足を伸ばし、霞ヶ関の
子どもたちを、放射能から守る闘い、福島から、

女100人座り込みの人を
どうしても、激励したく

行く。朝8時に、着き、団結テントを見た、子どもたちの、素朴な絵が、飾られてた、
泊まりがけの人がいたので、話しをした、釜から来た日雇い労働者だと伝え
釜の被曝労働者の

原発定期検査で、使い捨てにされてる、実態を説明、被曝関しては、子どもたち
も、原発労働者も、同じだと、俺は、認識している

被害者なのだ、子ども持つ母親の、怒り、はがいさ、苦しみ、俺は、捨ておけない。
仲間を、見殺しは、したくない、温度差は、あるが、原発を、なくす事、根っこの、部分は、一緒だ

母親たちと一緒になって声をあげたい。
著名も、3回した、

ひとつに、絞れないのかと、考えてしまう、

福島県、双葉町から、杉並区に、こどもと、避難されてきた、お母さんと、知り合いになった、デモを知って、駆けつけたとのこと

腹もへり、経産省の周りは食べる所が無いので、聞いた、、新橋の方に、行けばあると言われ、知らない街を、一人、さまよう、朝から開いてたうどん屋があった、腹ごしらえをした。テントに戻る途中、警察の、バスが来た、
昨日は、右翼の街宣車も
来たそうな、

人も大くなってきた。
島のテントの前で、チラシのセットの、手伝いを少しした、なんでもいいんだ、できる事はしたい、新聞は、あまり
今回の件、載せない、何か裏がある、でも、やるぞ

自分をごまかして生きられないから
やばっ、10時過ぎた、
横浜に、東京メトロ、丸の内線で東京駅に行く、
横浜駅、先に着いてた、あばよが、迎えに来てくれた
まりちゃんの家、丘の上の見晴らしがいい、空気がおいしい、俺の故郷と、おなじ
一転して、リラックスムード、まちゅこけも、岡本さんも来ていた、釜が移動したみたいだ、
加代ちゃんも来た。久しぶりにあった。まりちゃんの
両親に会った、お父さんはうさぎ年で、同い年

俺より、若く見える、今回は、釜ガール結成、1周年だ、月日が経つのは、早い
まりちゃんが、カマメで1ケ月滞在することを聞いた去年の10月、俺も、いろいろ、人間関係で、悩んでた時期、自分では、いいと思いしていたことが、周りからは、よく思われてなかった、悩んでも答は、でなかった。まりちゃんに自分の、悩みの答のヒントを、求めてた。まりちゃんは、俺に、悪い、いいこと、はっきり言ってくれた。
まりちゃん自身も、手探りで、釜に、何か、求めて来たようだった、

それがはっきり、解ったのが、自分語りだった。
自分と似通った悩み、安心したな、俺は、みんないろいろ、悩んでること、言葉に出して言える勇気、

俺は学んだ、まりちゃんと出会い、病気で、入院して自分を見つめ直してた当時、古い友を
大事にしないといけない、とアドバイスをもらった。自分のなかにも、あった思い、人が、信じられなくなってた、病院での、ベッドの上、きつい一言、元気をもらった、感謝してる
夏まつり、彼氏を紹介してくれたのも、うれしかった。友の一人として、俺を、釜のアンコを、人間として認めてくれた、外見でなくハートで付き合ってくれる、人間、まりちゃんと、出会えた、運命に、感謝してる、
あばよと横浜から、夜行バスで、釜に帰った、

いい一日だった。福島の女性が、守らなければならないこと、親として、当たり前のこと。これを過敏な反応だとか、言わないでほしい、我が子、人の子、みんな大切な、命だ、
原発を許して来た俺にも、責任がある、

できることは、残された時間で、やる

デモは、参加できなかったけど、お母さんの、思い、俺の思い、根っこの、部分は一緒だ。やろう、敵は、国民を守るべき、政府だ

俺は、女との、友情は、ない派だった、まりちゃんと、出会えて、横浜の家まで招待され、大事な、友としての友情を、感じた、

こんな気持ちになれ、人は変われる、他者の、気持ち、思いやりが、わかり、他者と、歩まんとするとき、
いたわりであり、自立であり、共に、自分の、道を歩まんー

10月30日
朝釜に帰り、大阪市大、田中記念ホールでのイベントマルガサリ、インドネシア、ダンサーと釜が崎ダンサーズ、たんぽぽダンサーのコラボレーションに出演

3月の仮面劇いらいの田中記念ホール、

俺たちは、愛の讃歌、テーマ、アートとして、今まで生きてきた、生き様

俺は踊りの表現として
釜で40年、暮らして、抑圧への怒り、解放、自由を、ベースに、踊りで、表現した、個個の自由な表現でやりやすかった、

たんぽぽの会の人も、4人讃された

たんぽぽの会の、大久保さんと少し話しをした、

昨日、東京で、カマメのまいちゃんに、大学であったと言ってた、俺も、霞ヶ関に行ったんだとはなした。一度たんぽぽにいくからと言っていって、たんぽぽのひとたちの写メを撮りあった、おっちゃんブログに載せていいのか、聞いたら心よく、いいよと、いってくれた、うれしかった
打ち上げに参加、お茶を飲みながら、おでん、混ぜごはん食べた、
中川しんさんとも、話した、今回佐久間しんさんとも、ちよっぴり、交流ができた

● 今日は、年に何回もない秋晴れ、むすびの会で山崎都世子さんの結婚祝い幸せであれ



10.27日、おめでとう、山崎都世子さん、みんなで、門出を祝して、添えがきをした。質素だけど、心から、みんな、喜んでいた、飾り立てたどんな、

高額なものより、手作りの、団子汁、焼き飯が、おいしかった、
ほんじょうさんの、高砂の祝い唄、都世子さんの、友人の、笛の演奏、瀬戸の花嫁、スカボロフェア、笛のやさしい、
音色に、気持ちが、和らいだ。
ともみさんもむすびの会でおじいちゃんたちを、
陰で、支えてはるのが、よく分かる、
出会いが、我が命だ。

踊りの、リハーサル
西成ブラザ、

佐久間さんと、インドネシアから来られたダンサー、踊りは、きついけど、自分の生き様が、表現できて、
楽しいな、今日は夜行バスで
横浜の、イベントに行く。
明日、参加して、とんぼ返りで、夜行バスで
大阪に帰り、30日の、
大阪市大の、
ダンスに、出ます。田中記念ホールの、中庭で、午後五時頃から

やります。よかったら、見に来て下さい。

今日も、秋晴れ、気持ちがいいなあ

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