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日記 - おっちゃん通信の記事

● 朝日新聞の記事、宮城県女川出身、写真家鈴木麻弓さんの写真展を見に行く。辛い思い、



本町、富士フィルムまで
チャリで行った、
両親が女川で津波に遭われ行方不明になった、

父が、写真家だった
後を継ぐため、女川で小学生入学式など撮る
父が肖像写真で、日本一になったことがあった、彼女は、哀しみを、乗り越え、被災した、自分の実家や

復興に、立ち上がる、女川の人々を撮る。
写真を撮ることで、彼女も、元気になれるし、みんなも、元気になれると、いうこどもたちの、元気な表情がいい、俺も、元気を、もらった、仙台の、富士フィルムでも、写真展やった。
人の出会い、きづなを、
大切に、したい、

今日は、彼女に会えなくて、残念だったけど
前向きに、生きてほしい。
たとえ、涙が溢れ、辛い思いも、あるけど、俺も、生きて行こう、

写メ、帰り、道頓堀の橋から東の空 行く時、西から通天閣、帰り、近くに店をオープンした、小沼さんに、会った、

● 朝の風景、昨日原発ジプシーの著者、堀江邦夫さんに渡してもらう手紙を知人に預けた。よかった



知人は、きつい一言、
いわれる、今になって何を騒ぐか、わしらは、長崎、広島に、原爆が落とされから反対だ。でも、今からでもいい、やるなら、協力する、堀江邦夫さんに、わしの、手紙を、添えて出しとくと、99才のAさんは、心よく、引き受けてくれ、
ゆうこちゃんとチャリで
カマメに帰った、
俺も、言われように、責任は感じてる、
どれだけの、人々の、人生を、犠牲にして、
なおかつ、人の生き方を変えてしまった、

俺の知人も、これからの、農作物と放射能汚染の問題、頭を痛めている、
こどもたち

● 夜回り、みどりちゃんが院生の友達みどりちゃんを連れて来てくれた、こはるちゃんも参加



朝から、天王寺駅に夜行バスの切符買いに行くがなかった
天王寺も交差点の陸橋が撤去されていた。

変わりゆく、時代の波に、我ぼうぜん

友の声、聞こえてくるか 彼方から

難波に行く。
横浜行きが、あったけど
高い。

パソコンで探す。予約した
夜回り、準備、
おにぎり、20人分ふりかけを混ぜ、作る。みどりちゃん、ろくさん、大河原くん、小手川さん、
夜回りした。頭の方にダンボールをかぶせていたので足元から、声をかけた。

怯えた顔で飛び起きられたので、悪い事をした。
いいことしているからと
無遠慮に、やってしまった
野宿している人が、どれだけ、神経が、過敏になってるか、考えなければならなかった、

彼は、話しをすると、理解して、喜んでくれた、
13人の仲間が野宿を
野宿をしなければならない
俺は、野宿は、怖くて出来ない、もちろん、寝れない、野宿とタコ部屋の飯場の、どちらか、撰ぶと、すれば、今まで、タコ部屋を選んだ、人間だ。
もちろん、俺自身の、プライドもある、
家の屋上から、あさの曇り空

阿倍野の陸橋の、写メ

● 長居西公園、元気まつり、雨が来て終わる、まちゅこけ、あばよ、来てくれた。ありがとう



原発賛否の住民投票の用紙持って
イベント会場、長居西公園へ、阿部さん、福島に、行きライブで、みんなと共に
つながることが出来た報告彼女は、釜が崎の夏まつりでも、唄う、女性シンガーだ。今の俺は、福島に行き目に見えない放射能と
と、いう化け物と、共存しなければならない、こどもたち、なんとか、被曝を少なくするために、動いてある、人たちに、拍手を送りたい。
本来は、国レベルで、もっと早く避難させなければならない。国を、守るために、福島の、人々に、犠牲を強要してる、

釜の日雇い労働者が、被曝要員として、定期検査に除染作業にいき、原発を動かして来たことと同じ、人命軽視だ。

国民の、命が守れない
国、それを、戦後六十年、選んできた、俺たちの大きな過ちだ。

福島に、行くことは、出来ないが、大阪にいて、できることで動く。

無かった事にはしたくない福島に限らず、俺たちは、生きる権利がある

みんなとつながって行こう、小さい、目先の、事にとらわれず
今、何をなすべきか、

ゆっくり、真剣に
出会い、うさぎに会えて

うれしかった

● 釜ボコバンド、本番前、リハーサル


晴れてきた長居公園

● 長居西公園に着いた 雨が心配だ



● 10月23日長居西公園元気祭、釜ボコバンド出演。午後1時30からだよ。来て下さい



1 しゃないわ
せき、のぼる
2くそったれ
せき、のぼる
3二人の人生
のぼる
4自由の唄
しらた
5泣かないわ
しようゆ
6動物前一番通り
しようゆ
7釜のブルース

場所、JR長居駅下車
西へ、二百メートルの
長居西公園です

よかったら、見に来て下さい。よろしく

● 西成ブラザにて、記録すること、記憶すること、10年後、100年後の東北へ、写真展


飯沢耕太郎、写真評論家、
菱田雄介、写真家
宮城県、石巻、気仙沼 津波の爪あと、取り残された、赤いランドセル の写真

俺は、原発の事故で、頭が、一杯だった、初めて、撮った菱田さんの話し聞いた。
映像で撮る、意味、忘れては、いけない。風化させては、いけない。

俺は聞いた。阪神大震災でも、興味本意で、神戸にきて、写真を撮った、奴がいた、当時、新聞にのった、
東北大震災でも、連休に、バシ、バシッと撮ってた奴がいたとの事、

菱田さんは、怒りを、感じたそうだ。
菱田さんは、人の悲惨な現場を撮るとき、常に、自分の中で、格闘があった。

自分のやってる行為、写真家として、事実を伝え残すこと、いいのか・

の自問自答、

さすがに、彼は、死者は、手を合わすだけで撮れなかったと言った。

俺も、同じ気持ちだ。

俺は、カメラマンの前に、人間でありたい、

それでいいんだ

● 原発賛否を、問う条例制定、大阪市住民投票の件Mさんと語り合う。俺の決意は固い、


チャリで帰るとき、

秋の風景を眺める
人類が造ったもので
人類が滅びる
目の前の起きてること
見つめなければならない
人間が人間として、何をすべきか、問われてる。
もうやめようー憎しみあうこと、人殺しはたくさんだ
出会いが大切だ

● まちゅこけのライブ、アメ村に行った。カマメにいき、インドネシアからきた人と、西成ブラザでダンスをした


いきてる、感覚、よかった。
思うように、いかない、社会、どうみても、おかしいことが、平気で、なされる社会。俺なら、身を引く、
引かない、人間がいる。
ずっと引いてる人間がいる、
釜で生きて、釜で、くたばる。腹をくくる

今日の出会い、まちゅこけライブ、であった、女性、Kさん、話しをした。

釜で、暮らした話しをした。

幸あれ。出会い、ありがとう

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